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2016年05月17日

艦これのプレイ記憶2015年 前編

・2015年冬イベント 「甲勲章」

初めて実装された難易度システム。しかしながら、全ての障害を打破する八百ノフドクトリンに従って行動しているのならば、最高難易度の甲以外の選択肢は無かった。

どんなに追い返されようと、バケツをぶっ掛け、燃料をがぶ飲みしながら前進する。他人が10回で突破できるのであれば、100回かかろうと必ず突破できるのだ。普段係留されたままで出撃の日の目を見ることのない艦娘たちは、修羅と化して深海棲艦に追いすがり、這ってでも殴り続けたのだ。

ただし、現れたボスは戦艦棲姫が2、そして戦艦棲姫を超える装甲を誇る戦艦水姫であった。所謂トリプルダイソンである。基幹戦力の強化に取り組んでいなかった当鎮守府にとっては強大な壁である。何せ半年前のイベントで初めてようやく戦艦棲姫が倒せた、そんな戦力しか持ちえないのである。

SSを取る間もなく、北上がぶちのめした。
最後はそれはもうあっさりと。大井のレベルを見てほしいが、2014年夏イベントでのSSでレベル75だったが、このSSでは88。つまり、イベント出撃以外でのレベリングは行っていないということだ。
教訓:「北上はすべての障害を打破する」

・2015年冬~2015年春戦間期

ここで大和の建造に成功。既にビスマルク、大鳳、あきつ丸を4隻得ていたため、大型建造を卒業する。まるゆ狙い以外では回すこともなくなった。このころの戦力のSSが残っている。


八百ノフドクトリンに従い、なるべく低いレベルの艦を運用しているため、均等にレベルが上がっていくのだ。際立って高い艦は長門のみであった。それは今これを書いている現在でもバランス的にはあまり変わらない。

・2015年春イベント 「不屈の闘志は全ての障害を打破し、ついでにローマも掘ってくるかも(高波感」

冬のトリプルダイソンを突破し、クァドラブルダイソンに備えてはいたものの方針を全く変更することなく、八百ノフドクトリンに従い迎えた2015年春イベント。
各艦にいきわたるほど作ってあった三式弾もあり、港湾や泊地を何十回も殴りつけながら突破していく。最終海域は危惧していたクァドラブルダイソン=ダイソン4隻ではなかったものの、空母BBAが随伴艦であった。
だがしかし。
まだいける!

まだやれる!

もっと!

もっと!!

雪風ェェェェェ!!

ほら、立ち上がって来いよ!!!

死ぬまで殴りつけたのは確かだが、そろそろ挫折がほしかったのだ。このころから、最終決戦時には敵のボスを応援し始めるようになる。
ここのボスも俺を殺すに至らなかった。
明らかにゲームシステムに対し、誤ったドクトリンでイベントに挑戦し続けている結果、装備、レベルで取り返しがつかないほど世間から差がついてしまいつつあった。
資源に余力があったのと、他にやるゲームがなかったので(ここ重要)その後モチベーション低くローマを掘った。確か30回だか40回だかめにやってきた。

あんまりほしくなかったのに、出てきたらとっても嬉しかった。
そしてローマはイタリアと共に次のイベントから活躍し始めるのだから、皮肉である。

投稿者 waieo : 2016年05月17日 10:51

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